昨日の続きです。お付き合いください。
一度あきらめた重松清さんのお話を再び読んでみようと思ったわけ。
な~んだ、中学生の教科書に載っているじゃないの。ならば読めるよっていうヤツでした。
ったく! 息子よ、どうして教科書をここにぶん投げる~!
(たぶん方言。片付けないで、投げ出しておくって感じでしょうか。)
教科書が目に入ったついでに、読むことにしました。
あるじゃないの、重松さん。「卒業ホームラン」。
読んでみたら、敬遠するほどのことはありませんでした。けっこう感動もの。これ、授業で習うとなると、感動のひとことでは済まないかもしれませんが。
そのお話が収録されているのは、「日曜日の夕刊」。
おもしろいタイトルでだと思いました。日曜日は夕刊ないって。
このタイトルについて、著者が「文庫本のためのあとがき」で、こんなふうに書いていました。
(著者の)お話のありようは、日曜日に夕刊を届けるような、「あってもなくてもかまわない。だけど、せっかくだからあったほうがいいんじゃないかな……弱気なのか図々しいのか、よくわからないけど。」(本書から引用)
よくありそうな日常、家族模様を書いた短編集です。
最後は、どれも心温まり、ホッとします。登場人物の心のうち、心の変化がうまく表現され、そこにかつての自分や家族がいて、その断片を見るような、楽しさや切なさがチラチラ。
『チマ男とガサ子』は、神経質でチマチマと細かい男性と、ガサツな女性とラブストーリー。このお話の中に思いきり自分を見た感じ。 "^_^" もちろん私はガサ子です。 笑えます。
『さかあがりの神様』は、鉄棒の練習に付き合う父親の視点で書いたストーリー。子どものころ、自分にもさかあがりの神様(義父)がいたことを回想しながら、娘の練習を手助けする父親。愛情いっぱいの親子関係にウルウルかも。
全12編。お話は独立していながら、春から順に季節が進んでいきますヨ。
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